複雑なこどもたち

此方で詩をあげてますのよ

蠟燭

 頭にどろりとした油を流し込まれて

 みちみちと緊迫の中

 しゅっと燐寸が摺られてしまった

 あゝ燃えるよ

 蠟燭が

 燃えて居る

 暗がりの中で

 おいでおいでと

 幼い坂へ手招くやうに

 ゆれる

 ゆらめく

 はためく

 ゆれる

 蠟燭のともし青く黒く

 いつかの寝所をその灯に映す

 ちらちらと

 瞬(まばた)きのごとに神経の奥痛み

 さしむ脳髄にへばるものが

 黒く

 夜の色して

 蜥蜴のやうに

 へばり付くのが見える

 青い炎は暗く燃える

 空気を呑み込んで

 沈鬱に

 ぐらり

 ぐらり

 炎の蠢きたる

 恰も土の鳴動の如く

 

 蠟燭は

 燐寸の閃光に打たれて

 雷を抱いた一本の木の末路のやうにして

 今でもまだ

 燃えて居るのです

 

川と糸

 未亡人の腕には

 水色の小石が通る銀糸の腕輪がある

 流るる水

 淀む水

 淵を生みぬ

 底も無く

 けれども水は綺麗なものよ

 うす青に透かすは簪の玉飾り

 紫 白 赤 緑

 ちらちらと招きたるよ

 されど

 飛び入るな

 眠りを妨げた者は

 泡にもなれず下水のヘドロへと変化(へんげ)させられようから

 川には入り給うな

 つめたく

 うつくしく

 やさしく

 そして清い

 川を散らしてはいけないよ

 向かうのお山のひめがみさまが

 今に雪崩を起そうから

 心得ぬ者は踏み入るな

 ゆるされしは受難の命のみよ

 もしウカウカと遊ぼうものなら

 たちまちお山の用心棒の猛禽どもに

 引ッ裂かれてしまおうから

 

 雪を背負った未亡人の手首には

 銀の糸が絡まって輪を作る

 その糸はほつれないようにと

 水色の小石で留めてある

 柄こそ無けれ夜の涙には

 繚乱たる虹の蝶を架橋に

 銀の糸は繋ぎたる

 青い月は空にも川にも… 

倦怠と徒花

 カレンダーの予定は

 赤、

 黄、

 青、

 止まれ

 進め

 間は無くて

 進め進めと追い立てる

 三色のマーカーに

 書かされて

 俄雨の人騒ぎのよう

 アブアブしてさ…

 あゝなんとも見苦しいったらない!

 もういっそのこと引き裂いて

 今日ばかりを考えよう

 少し先なんて考えず

 自分が死んだうんと先のことだけ考えていよう

 走り疲れて

 地面にひとり倒れたら

 もうずっと寝転がって居ていい

 土と戯れて

 この指から徒花でも咲けばいい

 散る姿もさぞ美しかろ

手紙の行方

 泡雪の欠片

 冷たき破片

 風に煽られ

 その身を削り

 やがて手の平に落ちし時

 もはや声を出す気力無く

 一心で影を見上ぐ

 その人の影が

 一切を沈黙の内に呑み込んで

 ひとたび肯く、

 力強く。

 息絶える間際の白く淡い残り火

 心未練無く

 今空気となった

 

 人には影が附いて支え

 空気が無しに生きられるものかよ

 

宿った命

 毛糸の玉床に転がり居たる

 まっさらな編み棒埃を被りて

 吹き晒しの家屋の内に

 おかしや、教本の一つ寝そべるを

 易しき字面理路整然と並び

 我寒さに耐えず

 おもむろに

 物憂げに

 マフラーを編まんとす

 

 我の指先は震え

 糸の次なる焦点定まらず

 あちらでもない

 こちらでもない

 糸は何一つ結び目を成せずに

 するり

  するり

   地平線ばかりを望む…

 

 何の因果か?

 

 知らぬ…?

 

 針葉樹林の松の葉に

 ふりかかる泡沫(ほうまつ)の白雪

 それに愛されることを望んだ

 罪か

 愚かか

 一切の温もりを捨て

 雪にばかり縋って泣いた

 その因果が今

 雨となって現実に

 我に漏れなく塗れに来ている

 風は濡れた衣服を冷やすばかり

 氷の鎧は肌を貫き骨をも刺す

 何等が我を温める?

 

 一部屋隔てた向かうでは

 温もりの中に酸素があり

 そして此方を招くではないか

 ぬくもりを感じれども

 ぬくもりに浸れは出来ぬ

 許されることは無い

 誰に?

 八百万に。

 

 見上げた星は夜空にうつくしく凍る

 

胎児

 星をかぞへて

 宿の内に佇む

 青い星に涙ぐみ

 白い星に縋りつきたさ

 ともに止むことなし

 紅い星に慄き

 かつ近寄り

 悴んだ小指を絡める

 

 星をかぞへる宿のなか

 宿は唸り

 その足はわななく

 

 やがて外へと生まれむ

 扉無きあたたかき水の宿

 どうか死なぬやうにと

 祈る胎児の涙

 今

 こんこんとして流れ出づる

 直に生まれむ

 命生まれむ

 

月夜の狼

 ねむれ ねむれ

 おねむりなさい

 ねんねこ よいこ

 かあいいこ

 

 かあさんの子守唄

 あの山の向うから聞こえてくる

 うさぎの餅つきの木の音(ね)に乗せて

 たんとん たんとん ねんねん

 よいこだ よいこよ 泣きなさい

 ぴいをろぴいをろぴをろろろ

 お囃子笛の音(ね)鷹が舞う

 りいん りいん

 誰が奏でるか知らない

 鈴虫の声の尾ながく引いたのは?

 

 幼子よ

 おまえは祝われている

 山から

 空から

 おまえの無邪気な振舞は

 昼にはあどけない

 夜にはたふとい威厳となる

 皆(みな)は親しみ

 凍る糸を身に抱き静かにひれ伏す

 侵さざるべきその心のために…

 

 青い月夜の空

 白い月は、遠いか?

 おまえはよく覚えているだろう

 あのふっくらした両頬を

 あのぱっちりした黒い眼を

 そしてすなおに長い睫毛が

 うすく笑った口元に似ているのを

 さうしていつもおまえを見つめて

 知られないように胸を落ちつかせていたのを

 おまえは全て知っているだろう

 削ったやうなその肌に

 ひしひしと感じていただろう

 今でも感じているだろう

 おまえの震えてばかりいる背中には

 いつも白い月が溶けているのを

 

 鏡の彼岸を籠めた川の上

 境界線の橋につっ立ち

 闇夜の光に吼える狼は

 光を厭うのではない

 糸を長く引くやうにして吼えるのは

 己の月を空に浮ばせるためだ

 どこまでも自由な水面(みなも)に浮ばせるためだ

 白い月を浮ばせるために

 さうして今一度近視の両眼で仰ぎ見つめるのだ

 だからずっと聞えている

 白い月たちの 子守唄